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広島地方裁判所 昭和53年(行ウ)5号 判決 1981年2月26日

原告 有限会社新谷商店

被告 広島西税務署長

訴訟代理人 上田勇夫 篠原靖宏 馬場宣昭 一志泰滋 山根裕之 外三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対して、昭和四九年九月六日付でした、原告の昭和四三年四月一日から昭和四四年三月三一日までの事業年度及び昭和四四年四月一日から昭和四五年三月三一日までの事業年度にかかる各更正の請求に対する、更正をすべき理由がない旨の各処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二原告の請求原因及び主張

一  本件更正をすべき理由がない旨の処分とその経緯

1  原告は、昭和四〇年四月一日から昭和四一年三月三一日までの事業年度(以下昭和四〇年度という。)分から法人税の青色申告書の提出の承認を受けた法人(以下青色申告法人という。)であつたが、被告は原告に対し、昭和四四年五月二六日、右年度にさかのぼつて青色申告書の提出の承認を取消す旨の処分(以下本件青色申告承認取消処分という。)をなし、同月二七日併せて、昭和三九年四月一日から昭和四〇年三月三一日までの事業年度(以下昭和三九年度という。)及び昭和四〇年度の法人税再更正処分、並びに、昭和四一年四月一日から昭和四二年三月三一日までの事業年度(以下昭和四一年度という。)及び昭和四二年四月一日から昭和四三年三月三一日までの事業年度(以下昭和四二年度という。)の法人税更正処分(以上、以下本件各更正処分という。)をした。

2  昭和四一年度及び昭和四二年度の確定申告(青色)及び右処分の内容は次のとおりである。

区分

年月日

所得金額(円)

税額(円)

(昭和四一年度分)

確定申告

昭和四二・五・三一

欠損一、五二一、五一〇

修正申告

〃四二・八・一八

欠損  三七九、二七六

更正

〃四四・五・二七

一、四九四、三三八

四一五、二〇〇

(昭和四二年度分)

確定申告

昭和四三・五・三一

欠損一、七三八、三五八

更正

〃四四・五・二七

六一六、二五七

一六一、八〇〇

3  原告は、右各処分を争い、所定の不服申立手続を経て、広島地方裁判所に対し、本件青色申告承認取消処分の取消しの訴え(昭和四七年(行ウ)第三号事件)、及び本件各更正処分の取消し等の訴え(昭和四七年(行ウ)第二号事件)を提起したが、このうち、昭和四七年(行ウ)第三号事件につき、昭和四七年一〇月三一日本件青色申告承認取消処分の取消しの判決がなされ、同判決は昭和四九年七月一七日確定した。

なお、昭和四〇ないし四二年度の本件各更正処分は昭和四九年七月二五日被告において取消した。

4  原告は、昭和四三年四月一日から昭和四四年三月三一日までの事業年度(以下昭和四三年度という。)につき、当初昭和四四年五月三一日青色の確定申告で欠損金二一万〇、六五六円の申告をしていたが、本件青色申告承認取消処分により昭和四五年一〇月三一日白色法人として修正申告(所得金額一一三万二、一三〇円、税額三〇万八、五〇〇円)しており、また昭和四四年四月一日から昭和四五年三月三一日までの事業年度(以下昭和四四年度という。なお、昭和四三年度及び昭和四四年度を以下本件係争年度という。)についても、右取消処分に伴い昭和四五年一〇月三一日白色で確定申告(所得金額一八二万六、八三五円、税額五一万一、二〇〇円)していた。

5  ところで、原告は本件青色申告承認取消処分の取消判決の確定により青色申告法人としての地位を回復したものであるが、仮に本件青色申告承認取消処分がなされていなかつたとしたら、原告は昭和四三、四四年度の各所得金額につき当時の旧法人税法五七条の適用により、昭和四一、四二年度に生じた前記青色確定申告における欠損金の繰越控除が認められるはずであつた。右によると、昭和四三年度の所得金額〇、昭和四四年度の所得金額八四万一、三三一円、税額二三万五、四〇〇円となる。

6  そこで、原告は、本件青色申告承認取消処分の取消判決の確定後、昭和四九年九月四日に被告に対し、国税通則法(以下法という。)二三条二項により、本件係争年度の所得金額及び法人税額の減額更正の請求をしたが、被告は、昭和五一年七月二八日付で右請求につきいずれも更正をすべき理由がない旨の処分(以下本件処分という。)をした。そこで、原告は被告に対し昭和五一年八月六日異議申立をしたが、被告は同年一〇月二八日右異議申立を却下し、原告はさらに同年一一月二二日広島国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同所長は昭和五三年三月二七日右請求を棄却する旨の裁決をしたので、本訴に及んだ。

二  本件更正の請求が許される根拠及び本件処分の違法性

1  本件青色申告承認取消処分の取消判決の確定は、法二三条二項一号にいう課税標準等の「計算の基礎となつた事実」に関するもので、同号に該当する事由であるし、同項三号、同法施行令(以下令という。)六条一項一号の「官公署の許可その他の処分が取り消されたこと」にも該当する事由である。右「計算の基礎となつた事実」を私法上の事実のみに限定する理由はなく、本件のごとき税法上の資格も右に含むと解すべきである。

2  被告は右解釈を誤り本件処分に至つたものであり、同処分は違法である。

三  よつて、原告は被告に対し、本件処分の取消しを求める。

第三請求原因に対する被告の認否及び主張

一  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因一項のうち5の主張は争う、その余の事実はいずれも認める。同二項の主張は争う。

2  本件青色申告承認取消処分の取消判決は、青色申告書提出承認取消通知書の「取消理由」欄に取消処分の根拠条文である法人税法の条項号のみが記載され、取消原因たる具体的事実の記載がないので違法である、としたことによるものである。

二  被告の主張

1  法二三条二項一号にいう「計算の基礎となつた事実」とはあくまで私法上の事実のみをいい税法上の資格に関する事実は含まれないと解されるところ、本件青色申告承認取消処分の取消判決の確定は、私法上の事実についての判決確定ではなく税法上の資格についての判決確定であるから、法二三条二項一号には該当しない。この点をさらに詳述すると以下のとおりである。

2  元来、法二三条二項一号は、昭和三六年七月五日税制調査会第二次答申「国税通則法の制定に関する答申」(以下税調第二次答申という。)のうちその第二、四1において、「従来から、課税の基因となるべき行為が無効なもの又は取り消しうべきものである場合においても、その行為に伴つて経済的効果が生じているときは、課税を行うことを妨げないと解されているが、これを明らかにする規定を設けるものとする。これに伴い、上記の課税が行われた後において、行為の無効であることが確認されて経済的効果が除去されたとき、又はその取消しが行われたときは、課税の取消し又は変更を行うべき旨を明らかにする。」とされたことに基づき、制定されたものであり、つまり、経済的成果の基因たる私法上の事実(法律行為)について紛争があり、その訴訟の結果により後発的に課税関係に変動が生じた場合に、その救済を図ろうとして規定されたものであつて、そのことは、規定の文理解釈上からも明らかといえる。

3  右のことはさらに、法二三条二項一号の規定を他の関連諸規定に比較して検討したとき一層明らかとなる。つまり、法二三条二項一号(請求による減額更正の規定)と同一趣旨目的で制定されている法七一条二号(職権による減額更正の規定)は、「その課税標準の計算の基礎となつた事実のうちに含まれていた無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われたこと……」と規定していて、その文理上からも私法上の行為のみを問題としていることは明白であり、又法二三条二項二号、三号、令六条は、法同条二項一号と同様後発的事由に基づく更正の請求が許される場合を列挙しているものであるが、右いずれの場合も、その事由としては、原則として課税の前提たる経済的成果の基因である私法上の事実に関するものに限られており、同項はその各号を通じて、私法上の事実に関して、後発的に変動が生じた場合の納税者の救済措置を定めたものとみられる。

4  また、右のような理解には、次のような実質的理由がある。つまり、私法上の紛争の対象となつた事実については、その認定判断に税務が介入する余地がなく、税務上はその法律行為の有効を前提に課税の要否を判断するものであるから、後に判決等で異なる結果が出れば(このことで、先になされた更正処分等が遡及的に無効又は取消しうべき瑕疵を帯びることにもならないため)、後で特に課税関係を是正する方途を認めるのもやむを得ないものといえるが、青色申告承認取消処分の取消判決の場合は事情が異なる。すなわち、まず青色申告者の青色申告に係る特典(実体上の特典としては、欠損金の繰越控除、繰戻し還付、各種引当金又は準備金の繰入れ、特別償却等)の利用は、その申告者の自由な選択に従つて、申告時までに所定の要件(確定した決算における損金経理、申告書への記載、申告時における計算明細書、証明書の添付等)を具備することによつてのみ可能なものであるうえ、もし納税者が右特典を受くべく右要件を申告時までに具備したにかかわらず、課税庁より青色申告承認が取消されていることを理由に青色申告の資格なしとして、右特典を否定する更正処分を受けた場合には、当該納税者は、右青色申告承認取消処分及び右更正処分の取消を求めて、同時あるいは別途に不服申立さらには行政訴訟を提起する方法が認められているのであつて、納税者の保護としては必要にして十分であり、そのうえさらに後発的事由での更正の請求まで認める必要はない。

5  そしてなお、法二三条二項一号に規定する「課税標準等又は税額等の計算の基礎となつた事実に関する訴についての判決」とは、これにより直接的、具体的かつ一義的に課税標準等又は税額等の計算が明確になるようなものでなければならないものと解されるところ、青色申告承認取消処分の取消判決のごときは右に含まれない。すなわち、元来、法人税の課税標準である所得金額は、当該事業年度に帰属する無数の取引の成果を会計目的のため相互に有機的に関連づけ、整理し、これを貨幣価値によつて秤量評価しこれらを総合してはじめて把握しうるような性質のもので、仮に、青色申告承認取消処分が後に判決で取消されたとして、当該取消処分を行つた事業年度以後の事業年度の課税標準、税額につき、更正の請求ができるとすると、税務署長はその更正の請求に応じて減額更正を行うため複雑な事実認定及び会計処理を行わなければならず、その作業は非常に困難を伴う。特に帳簿等の資料が保存されている期間経過後では、右作業は事実上不可能であるといわなければならない。このようなものは、一義的に明確なものとは到底いえず、法二三条二項一号の予定した事由とはいえない。

第四証拠<省略>

理由

一  請求原因一項の事実(同5の主張は除く)は当事者間に争いがない。

二  請求原因二項の主張について

1  原告は、本件青色申告承認取消処分の取消判決の確定という事実は、法二三条二項一号もしくは三号、令六条一項一号所定の事由に該当する旨主張し、同各号に基づき、右取消に係る事業年度である昭和四一年度、同四二年度の欠損金の昭和四三年度、同四四年度への繰越控除による同各年度の法人税額の減額更正を求め、これを認めなかつた被告の本件処分は違法であると主張する。

2  そこで、まず、法二三条二項各号の意義について考えてみる。

(一)  まず、法二三条二項の立法の経過をみるに、従前から、課税所得とは課税適状にある経済的利益を意味するものとされることから、仮に課税の基因となるべき行為が無効なもの又は取消し得べきものであつても、現にその行為に伴つて経済的成果を生じている場合には適法に課税を行うことができるものと解され、しかし反面、後に、右行為の無効であることが確認され、あるいはこれが取消されて、右経済的成果が失われたような場合には、これに伴い右当初の課税も適切に是正さるべきであると考えられるのに、その旨の規定がなかつた。そこで、昭和三六年七月五日の税調第二次答申では、右の点につき、右当初の課税の後、「行為の無効であることが確認されて経済的効果が除去されたとき、又はその取消しが行われたときは、課税の取消し又は変更を行うべき旨を明らかにする」旨の規定を設けるよう意見が述べられ、法二三条二項制定の根源も右にあるとみられる。

すなわち、国税通則法は右税調第二次答申に基づき昭和三七年四月二日法律第六六号により制定されたものであるが、その七一条二号においては、右答申で述べられたのとほぼ同一文言で、その事由(同法施行令三〇条二四条で所得税法上の資産の譲渡代金が後回収不能となつた場合等が附加されている)が生じた日から三年間当初の課税を課税庁において職権で(減額)更正できる旨の規定が設けられた。しかし、その際は、納税者からの更正の請求としては、法二三条一項において、申告書に記載した課税標準等もしくは税額等の計算が法律の規定に従つていなかつたこと又はその計算に誤りがあつたような場合に法定申告期限から二月以内に限り(減額)更正の請求ができる旨の規定が設けられたのみで、前記答申のごとき内容の規定は設けられなかつた。

ところがその後、昭和四三年七月に税制調査会の「税制簡素化についての第三次答申」(以下税調第三次答申という)がなされ、右更正の請求期間二月を一年に延長するよう意見が述べられるとともに、「このように期限を延長しても期限内に権利が主張できなかつたことについて正当な理由があると認められる場合の納税者の立場を保護するため、後発的事由により期限の特例が認められる場合を拡張し、課税要件事実について、申告の基礎となつたものと異なる判決があつた場合その他これらに類する場合を追加するものとする」旨の意見が述べられたことに基づき、昭和四五年法律第八号により法二三条が改正されてその二項(一ないし三号)が附加され、同一項の期間経過後でも、さらに右後発的事由によりその事由の生じた日の翌日から二月以内に限り納税者から更正の請求ができる旨の規定が設けられたものである。

右改正の経過からすると、法二三条二項各号制定の趣旨は、納税者が課税当時もしくはその後の同条一項の期間内にも適切に権利の主張ができなかつたような後発的事由により、当初の課税が実体的に不当となつた場合に、納税者からその是正を請求できる途を認めたものと解され、前記税調第二次答申で述べられている趣旨にその基礎を置くものとみられる。

(二)  個人及び法人の所得に対する課税は、前記のとおり、現に生じた経済的利益に着目してなされるもので、課税適状にある経済的利益の得喪変動自体が課税要件をなすものとみられることから、課税所得算定の基礎となつた事実にかかる行為が、後に無効であることが確定しあるいは取消されて、すでに生じた経済的成果が失われるようなことがあつても、これら後発的事由により、さかのぼつて、右当初の課税まで違法となるものではない。したがつて、右のような場合は、個人の事業所得及び法人所得の場合のように継続企業として、その事由の生じた年度の会計処理で是正できるような場合の外は、特に、右のごとき後発的事由に基づき、納税者からも後に当初の課税を是正できる途を設ける必要がある。特に、右後発的事由が当初の課税処分から相当年月を経て生ずることを考えると、右の場合を仮に法二三条一項で賄うものとしても、その法定申告期限から二月あるいは一年間でも到底賄い切れず、法二三条二項のごとき規定を設ける必要性は強いといえる。

ただ、右趣旨からすると、法二三条二項は、個人の事業所得及び法人所得については、その適用される場合は少く、一般的には、国税通則法として、右以外の課税についての適用を多く予定したものとみられる。

(三)  このような経過等に照らし、かつさらに他の規定にも比照して、法二三条二項各号の具体的内容について検討してみる。

(1) 法二三条二項一号は、申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となつた「事実」に関する訴についての判決等で、その「事実」が右と異なることが確定したとき、とのみ規定していて、右規定の文言からだけでは、被告が主張するように右「事実」を課税計算の基礎となつた「私法上の事実」にのみ限定すべき理由は見出しがたいし、却つて、前記立法の経過からすると、特に、税調第二次答申後最初に制定された当初の法七一条一号二号の規定と対比してみた場合、右「事実」は、必ずしも「私法上の事実」に限らず、広く課税計算の基礎もしくは前提となつて、その事実により特定の課税計算の内容を明確に左右するようなものであれば、これら諸事実をすべて含むものと解される。

また、右は、法七一条一号及び法人税法八二条が、同一課税事実についての前事業年度の異動に伴う後の事業年度の課税の是正につき、更正(職権)及び更正の請求の特例として定めているところからすると、このような関係の場合も含めた広い意味に解することもできる。

(2) ただ、法二三条二項のその余の規定と対比して全体的に見た場合、同二項一号は、課税計算の基礎となつた事実が、後に判決等で異なる内容のものとして確定した場合で、しかも、課税当時及び右確定に至るまでは、納税者において課税庁との間で、右異なる事実及び権利を主張して右事実を適切に争いかつ確定することができないような場合に限られるものと解される。

課税計算の前提となる諸事実は広汎多種に及び、その中には、課税当事者間では適切もしくは最終的に確定しがたい事実も多いから、このような事実を課税の基礎とする場合は、相当な当事者間及び手続によつてその事実の確定を得て、その段階で、課税の適切な是正を計るべきものとするのが妥当であり、右規定もこのような趣旨に基づくものとみられる。

(3) 法二三条二項二号も、課税標準等の計算に当りその者に帰属するとされた所得が、後に他の者に帰属することが明らかとなつてその旨の更正、決定があつたときのことで、所得の帰属については、争われる他の者を含めない関係では適切な確定はできないものであるとともに、もし、右の場合そのままでは、当初の納税者と他の者の両者に課税するといつた不当な事態を容認することとなる。これが、右更正の請求を認めた理由とみられ、法二三条二項一号と同旨に基づくものといえる。

そして、同条二項三号も、同号では、「前二号に類する政令で定めるやむを得ない理由があるとき」としたうえ、令六条一項で、右「やむを得ない理由」は、課税の基礎となつた事実のうちに含まれていた行為の効力に係る官公署の許可その他の処分が後に取消されたとき(一号)、課税の基礎となつた事実にかかる契約が、後に解除され、又は取消されたとき(二号)、帳簿書類の押収等のやむを得ない事情により、課税標準、税額等の計算ができなかつた場合において、後に右事情が消滅したとき(三号)、条約に基づく当局間の協議により、申告等に係る課税標準、税額等に関し、後にその内容と異なる内容の合意がなされたとき(四号)と規定している。右二号は、納税者と課税庁との間で確定し得ない事柄であることはその性質上明らかであり、右三、四号は、いずれも納税者にとつていかんともしがたいことであり、そして、これらからすると、右一号も、その官公署の許可処分とは農地譲渡の場合の県知事の許可等で当該課税庁以外の官公署の許可処分を意味するものと解され、したがつて、納税者と課税庁との間では確定しがたい事柄であることは明らかであり、結局、これらからして、右はいずれも納税者に、特に、右事由が生じたときに更正の請求を認めるべきやむを得ない理由がある場合であるとみられる。そして、右「やむを得ない理由があるとき」としている点は前記法二三条二項一号の理解を裏付けるものといえよう。

3  そこでさらに、右のような理解からして、本件青色申告承認取消処分の取消判決のあつたような場合が法二三条二項一号あるいは三号、令六条一項一号に該当するかどうかについて検討してみる。

(一)  本件青色申告承認取消処分のごときが法二三条二項三号、令六条一項一号の「処分」のうちに含まれないことは前説示のとおりであり、そして、法二三条二項一号の「課税標準等又は税額等の計算の基礎となつた事実」とは必ずしも「私法上の事実」に限られないもので、本件青色申告承認取消処分のごときも、本件のような欠損金の繰越控除の関係では、他の事実と併わせ、翌事業年度の課税計算の基礎に影響のある前提事実で、一般的には、右事実のうちに含まれないともいえない。

(二)  しかし、青色申告承認取消処分がなされると、それに対しては行政上の不服申立及びその後の訴訟が可能であるし、右青色申告承認取消処分に伴う更正処分に対しても、別に、右同様不服申立等が可能である。

そしてまた、青色申告承認取消処分後の事業年度についても、右取消処分が確定するまでは、青色の確定申告書を提出すること自体は妨げられないと解されるし、又右処分の取消の訴えが提起されていてもその処分の効力は妨げられず、したがつて、右青色申告も法人税法一二七条一項により青色申告以外の申告書とみなされて課税庁より更正処分を受けた場合は、同処分に対してもさらに前同様の不服申立等が可能である。

ところが、本件の場合は、原告は、係争年度である昭和四三年度分については、当初青色申告をしていたが、本件青色申告承認取消処分後の昭和四五年一〇月三一日白色で修正申告をしたものであり、又昭和四四年度分については当初から白色申告をしていたものであつて、これら各年度の課税関係はその後右申告どおりですでに確定しているものである。そして、当時は、欠損金の繰越控除の要件(法人税法五七条)としては、欠損金額の生じた事業年度について青色による確定申告書を提出していることの外、その後の年度においても連続して青色による確定申告書を提出している場合に限り適用されるものとされていたが(昭和四三年四月二〇日法律第二二号改正附則四条)、右昭和四三、四四年度分の白色申告においては、もとより欠損金の繰越控除の課税計算及び申告はなされていなかつたものである。

(三)  そこで、これらからしてみるに、たしかに、実際上、不服申立等の手続をとることが納税者に負担であること、そしてなかんずく青色申告承認取消処分後になお青色申告をすることが必ずしも容易でないとみられる一面もあることはうなづけるが、しかし他面、税法は、申告納税制度をとつていて、本来、法人税法では、納税者がその確定した決算に基づき申告した課税計算に従つて、その課税標準及び税額も自ら確定する建前であり、課税庁はその申告されたところに従いこれに誤りがある場合に所要の調査をして更正し得るという立場にあるにすぎず、又課税上の各種の特典も、右申告に当り申告書への記載等所定の要件が充足されない限り、仮に右特典を受け得る事実があつても、これを受け得ない結果となる仕組みとなつているのであつて、多くの事実及び複雑な会計処理を内包する課税関係の適切な確定のためには、まず、納税者から各事業年度ごとに相応な申告がなされることがきわめて重要であり、もし、納税者が右所定の手続を履践しなかつた場合は、そのため権利を失う結果になつてもやむを得ないものといえる。

このようなことからすると、原告は、本件各係争年度につき欠損金の繰越控除を求めるのであれば、本件青色申告承認取消処分の取消しを求めるとともに、青色の確定申告により欠損金の繰越控除の申告をしておくべきで、かつそれが原告として可能な状況にあつたものであり、しかるにこれをしないで右繰越控除も受け得ない課税関係のままですでに確定に至つているものであり、このような場合は、前記説示したところからして法二三条二項一号には該当しないものと解するのが相当である。

(四)  なお、本件については、昭和四九年七月一七日本件青色申告承認取消処分の取消判決の確定に伴い、同月二五日右青色申告に係る本件更正処分もすべて課税庁により取消され、そして、当時すでに更正期間も経過していて、欠損金額の存在も課税上すでに申告どおりで確定した状態となつている。しかし、右の場合、課税庁としては、一般には、青色申告承認取消処分がその附記理由の記載が十分でないという手続上の瑕疵で取消されたわけであるから、もし、更正処分の可能な期間内であれば、右理由を補充した再度の青色申告承認取消処分をなして、課税処分についても、従前の更正処分を一旦取消したうえ再度の更正処分が可能であり、それにより、双方とも、欠損金額の存否等実体的関係も裁判上明確にし得る事情にあつたものとみられる。

そしてなお、一般に、青色申告承認取消処分の取消がなされた場合、右青色申告承認取消処分を前提としてなされた更正処分等の課税処分ですでに手続上確定したものが後発的に無効となるかどうかという問題がある。本件では、直接関係しないことであるが、これは法二三条二項とは別個の問題というべきである。何故ならば、法二三条二項は右無効となるかどうかといつたような判断の必ずしも容易でない事柄は予定してなく、当事者において概して一義的明白に判断し得るような事柄を予定したものと解されるからである。

ちなみに、右青色申告承認取消処分の取消後にすでに確定した課税処分が無効となるかどうかは、一般には重大かつ明白な瑕疵の理論によつて解決されることとなると考えられるが、右両処分を一体的にみた場合、右青色申告承認取消処分が取消されたという場合の瑕疵は、同取消により青色申告承認取消処分が無い状態となつたのにそれを前提とする課税処分のみが存在するということではなくて、右青色申告承認取消処分について違法とされる事由、本件では附記理由の不備という点が、課税処分の前提手続の瑕疵として評価されるべきで、もし、瑕疵がこれのみなら重大な瑕疵ともいえないであろうから課税処分も無効とはいえないこととなるが、しかしもし、右青色申告承認取消処分について主要な実体的な面での判断にも明白な誤りがあるということであれば、そのような誤つた判断を前提とする課税処分も、重大かつ明白な瑕疵を有するものとして無効とされる余地も生じてくるものとみられ、納税者も、右のような関係では、課税処分確定後でもなお、その実体的正義を実現する途もあるといえる。

三  以上によると、結局、原告の本訴請求は理由がないものというべく、これを棄却することとし、よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺伸平 三浦宏一 浅野秀樹)

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